長かった。
本当に長かった鼻チューブ。
経管栄養を卒業しました。
娘っ子は産まれてすぐに鼻から胃まで管を入れられ
そこから母乳やらミルクやらを入れ
約9ヶ月過ごしてきた。
私の初めての育児の中で
この「鼻チューブ」というものは
かなりの精神的ストレスでもあった。
退院してからも続く鼻チューブの交換
そして注入。
いつか口から栄養を取れる日がくるんだろうか。
美味しいものを食べる幸せを味あわせてあげることが
出来るんだろうか。
毎日毎日、授乳の度にチューブからミルクを入れては
胃の空気を抜くという作業。
いつのまにか外出先でやることにも
抵抗がなくなった私だけど
それでもやっぱり普通にミルクを飲んでいる他の子の姿をみると
「あぁ・・普通じゃない・・」
っと落ち込むこともありました。
娘っ子が産まれたばかりでまだ私の母乳が出ていた頃。
娘っ子はおっぱいをくわえてはすぐに寝てしまい。
いくら起こしても起きてくれない。
今考えると心臓に大きな穴が空いてるし
肺も悪いしでしんどかったんだろう。
でもその頃の私は体重計に乗せるたびに落ち込み、
そして授乳室で幸せそうにおっぱいをあげている
ママ達の中で劣等感満載で明るく
「おい!寝るな!寝ると死ぬぞ!」とか
「おい!小堺一機!」
などなど言いながら過ごしていた。
病院を転院してからも
哺乳瓶で飲めても30CC。
「手術したら人が変わったように飲み始めますよ!」
という医師と看護師さんの言葉を励みに
毎日注入。
が、
手術が終わっても哺乳瓶が空になることはなかった。
なんなら飲む量が10CC~5CCまでに落ち込んだ。
最初は嚥下障害を疑い
病院の中の嚥下の専門の先生にも診てもらった。
口の中は全く問題ないのでおそらく
哺乳瓶嫌いでしょうという結果に。
というか、ほ乳瓶の吸い方忘れちゃったんでしょうと。
「ほ乳瓶?なんですか?それ。」
お月様の形のガラガラのおもちゃを頭に乗せてやった。
そこから私の敏腕スポイトマンの道が開かれた。
退院するまでにはほ乳瓶を思い出す可能性にかけて
毎日挑戦してたけどアウト。
とうとう鼻チューブをお持ち帰りすることに。
最初は90CCを一日に6回。
そのうちスポイトから飲んでくれる量は0~30CC。
飲む量は増えないけど体重を増やしたかったので
注入する量を160CCまで増やした。
そのうち最高で100CC飲む日も出てきた。
スポイトで100CC。
これはかなりのスポイト往復。
スポイト一回で約2CC~3CC
だから・・・。
娘っ子はよく頑張ったと思う。
そして卒業の日。
きっかけはたまたま鼻チューブを抜いたこと。
訪問看護さんが来た木曜日の次の日。
入れたばかりの鼻チューブを抜いた・・。
もしかしたら、もうイヤだ!
って合図だったのかも。
私も、もうイヤだ!って言いたかった。
鼻チューブを入れる度に息が詰まりそうな感じで赤い顔して
苦しそうに泣く。
そんな姿はもう見たくなかった。
挑戦・・・してみようか。
しばらく鼻チューブを抜いて過ごしてみようか。
きっかけはそれだった。
一日のトータルが400CCを切ってしまったら
諦めて鼻チューブに戻そう。
そう思っていた。
一日目はトータル560CC
二日目はトータル610CC
今では10日間600以上はキープしてくれてる。
そして今では一回に160CCを飲む回も出てきた。
保健師さんに相談したら
あっさり卒業となった!!!
10CC
ほ乳瓶の一番下のメモリ。
それすら飲めなかった娘っ子が
160CCも飲めるようになるなんて
本当に本当に頑張ってくれた。
皆頑張ってる。
入院中に知り合った同じ心臓の病気をかかえたお友達も。
メールで近況を聞くたびに
自分の子供のように嬉しくなったりする。
まだまだこれから乗り越えなければならないことは
増えてくるだろうけど
まず一歩。
進んだ
生後5ヶ月くらいの娘っ子。
壇蜜さんもびっくりのお色気ショット。
この鼻チューブ写真が懐かしくなる日がきっとくるよね◎